投稿者 尾崎タカオ | 2013年9月4日

『雑文集』村上春樹

最近トミーエマニュエルのライブを観に行かれたと言う、読書好きのTさんから先日お借りした村上春樹の「雑文集」。

内容は、これまで雑誌のコラムやライナーノーツ、授賞式など、小説以外で語られた村上春樹氏の文章や発言を項目ごとに集めたもので、中でも「音楽について」と言うトピックで、ジャズトランペッターのウィントンマルサリスがその昔、米プレイボーイ紙で発言したとされる「日本人はジャズを理解していない」発言に関する考察は非常に興味深いものでした。村上氏によると、ウィントンの発言の根元になっているのは「レイシャル・コンフリクト(人種対立)」というものに起因するものだと。確かに、公民権運動が起きた60年代以降、黒人の立場は表向きには向上したのかも知れません。しかし実際は、いつまでも不遇な生活を余儀なくされた都市部に住む多くの黒人に比べ、同じマイノリティでありながら成功者を多く排出するユダヤ系。公民権運動においてユダヤ系は黒人達の側にたっているふりをして、実はそれを利用して自分たちの地位を築いただけじゃないか、俺達は噛ませ犬になっただけじゃないか、黒人達の間にそういった気運(アンチ・セメティズム「反ユダヤ主義」)が次第に高まり始めたと。実はそういった背景からその気運は、まるで経済力の象徴かのようにクラシックを聴くような難しい顔をしてジャズを聴きに来るような日本人にも向けられ、例の言葉に繋がったのではないかと言うお話。簡単に言うと彼の発言は、黒人のアイデンティティ保全のため、特に都市部の貧困層に向けられたある種のプロパガンダであって、スパイク・リー監督の「マルコムX」などと同じ役割を果たしているものだ、と言うのが村上氏の見解、と言ったところでしょうか。ちなみに僕はスパイク・リー好きです。

このウィントンマルサリスの例のみならず、自らのアイデンティティ保全のための作為的な発言(プロパガンダ)というのは当然ですが様々な国、民族、人種、性別等において見られる事であって、黒人のジャズミュージシャンの中にそういう象徴となる人物が現れたとしても、なんらおかしい事ではないと思います。ウルトラマンにおけるバルタン星の住人、桃太郎における鬼ヶ島の住人、例え彼等がその社会でマイノリティと言われる存在であったとしても、それなりの主張があるのは当然です。ウルトラマン・バルタン星人・ピグモン・桃太郎・鬼・キジ・猿で産まれてくることは誰にも選べない訳です。理想的な民主主義っていうのは相当ハードルの高いものなのでしょうね。あ、何か違う方向にいってスミマセン。。
結局、一番難しいのはそういった発言主の発言と現実とに「矛盾」が起きないか、と言うところにあるのかも知れませんね。
個人的には文化的な部分であまり政治的な発言は聞きたくないですし。。音楽と一言でいっても色んな聴き方があるんでしょうが、なるべく純粋に聴きたいものです。

この文章が書かれたのが1994年と言うことなので、その後黒人のオバマ大統領が誕生することは予想だにしなかったでしょうし、村上氏の文章もまた違う感じになっていたかも知れないですよね。

色々と思索に耽ってしまいましたが、Tさん、ありがとうございましたm(__)m

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